早期161号線バイパスの開通を願う。
http://www.city.takashima.shiga.jp/icity/browser?ActionCode=content&ContentID=1196839377327&SiteID=0000000000000
早期161号線
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E9%81%93161%E5%8F%B7
バイパスの開通を願う。
先日、仕事の途中に161号線バイパス和邇の
フルインターチェンジを体感し、
京都方面への便利さを感じる。
無料化の前に料金所があり、
高島市方面から降りることも、
大津市方面からのることもできなかった。
高島市民にとっても不便であった。
本当に便利になった。
京都と滋賀を結ぶ、
途中トンネルの料金無料化も早期にすべきだ。
今の高速道路の安価にする方針の中で、
高止まりしている。
誰も通行せずに、生活道路に車が流れている。
渋滞すれば、
途中に住まれる住民の事故や
急病人の救急車の搬送にも支障をきたすと思うのは
私だけだろうか。
ヘリという手もあるが、
わが国では、
ドクターヘリで搬送することもまだまだ、
実用的でない。
救急車での搬送には対向に二車線の道は必要不可欠だ。
命を守るためにも、
比良以北の
早期161号線バイパスの開通を願う。
と思いながら、
和邇インターのフルインターチェンジで、
初めて高島市方向に車を走らせて、
ふっと思った。
http://www.city.takashima.shiga.jp/icity/browser?ActionCode=content&ContentID=1196839377327&SiteID=0000000000000
早期161号線
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E9%81%93161%E5%8F%B7
バイパスの開通を願う。
先日、仕事の途中に161号線バイパス和邇の
フルインターチェンジを体感し、
京都方面への便利さを感じる。
無料化の前に料金所があり、
高島市方面から降りることも、
大津市方面からのることもできなかった。
高島市民にとっても不便であった。
本当に便利になった。
京都と滋賀を結ぶ、
途中トンネルの料金無料化も早期にすべきだ。
今の高速道路の安価にする方針の中で、
高止まりしている。
誰も通行せずに、生活道路に車が流れている。
渋滞すれば、
途中に住まれる住民の事故や
急病人の救急車の搬送にも支障をきたすと思うのは
私だけだろうか。
ヘリという手もあるが、
わが国では、
ドクターヘリで搬送することもまだまだ、
実用的でない。
救急車での搬送には対向に二車線の道は必要不可欠だ。
命を守るためにも、
比良以北の
早期161号線バイパスの開通を願う。
と思いながら、
和邇インターのフルインターチェンジで、
初めて高島市方向に車を走らせて、
ふっと思った。
Posted by katsunori at
18:40
原稿依頼 滋賀大学建学の精神「士魂商才」と高島市中江藤樹市民劇とふるさと納税
木村勝則 税理士 ITコーディネーター 事務所
滋賀大学産業共同研究センター 客員研究員
木村 勝則
1.はじめに
1609年(慶長14年)築城の世界遺産[1]で国宝の姫路城[2]が築城400年の節目を迎えます。今年も姫路城の三の丸広場[3]の桜は咲き乱れ、あたかも400年の長きにわたる栄枯盛衰を姫路城と桜の花びらが表現し語っているように思えます。私は美しい姫路城の三の丸の咲き乱れる桜を見ていると戦国の世と同じ「諸行無常」[4]を感じずにはいられません。その姫路城が今年、昭和39年の修復以来、45年ぶりの「平成の大修復」[5]に入ります。その財源の28億のうち、10億ほどを豊臣秀吉[6]が、姫路城の姫山に城を築城した逸話にちなんで現在の姫路城の修復の財源を目的に「ふるさと納税」[7]が今年4月から実施された。これに賛同する人々や、観光に来た外国人の方々から、もうすでに多くの寄附が集まっていると聞いています。私も世界一優雅な城、姫路城のために寄附をしたいです。
2.自発的寄附の必要性
(1)国、地方自治体の財政難
少子高齢化で成熟した経済大国のわが国、日本。国自身の負債、国債残高が右肩上がりに膨らみ財政難で苦しんでいます。市町村の財政も地方交付金も削減され、地方の財源確保が課題になっています。昨年、私が住む滋賀県高島市[8]は滋賀大学産業共同研究センター[9]と協定を結び、高島市のソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)[10]サイト「きてねっと」[11]において、高島市は滋賀大学の教授を高島市SNS会長に迎えた。私も高島市SNS副会長に選ばれ多くの高島市民といろんな議論が行われました。悪化する高島市の財政についても話が及びました。
(2)納税者主義の開花
このSNSの日記のサイトで私は高島市の財政確保の一環として「ふるさと納税」について、インターネットを通じて呼びかけました。さらに知り合いの税理士事務所に伺い高島市への「ふるさと納税」の必要性を説明しました。自発的な納税者の意思が反映され、シャウプ勧告[12]以来、日本人がはじめて、徴収される予定の国税と地方税の一部について、納税者が自発的に使途を決めることができる画期的な制度です。さらに寄附という納税方式を一部とるために、納税の時期を、納税者自身が決定することができる納税者の立場にたった制度であると説明しました。「ふるさと納税」は、利害関係の異なる国や県知事などの首長の会議の研究会によって、議論されたために、所得税では寄付金控除で処理され、住民税の一割を限度に、市町村などに支払う、手数料の5000円以外、最も有利な方法をとれば、実質負担なしに、寄附したい市町村などの財政を支援できる制度となりました。給与所得者についても、自分自身で寄附したい市町村などを調べ、書類で申請し、年度末までに寄附を振り込む必要性があります。さらに「ふるさと納税」を実現するためには、所得税の申告期限までに寄附した領収書を添付し、申告する必要があります。この煩雑さが、今年の「ふるさと納税」が、予想していたほど寄附が集まらなかったという意見もあります。年末調整で完結できる制度への要望も聞きますが、給与所得者であっても、確定申告において納税を強く意識できるいい機会では、ないでしょうか。私は「ふるさと納税」は、わが国における納税者の意思が反映される納税者主義の初めての開花であると感じています。さらに受け手の「ふるさと納税」を確保した市町村などは知恵の出し合い、更に姫路市のように使途についても、知恵を振り絞る。そこに、今まで公的な団体の多くが、希薄であった採算、コスト意識が感じられる。最近は、公会計の議論が盛んで、公的な自治体でも複式簿記で発生主義の会計システムを導入する傾向にあます。複式簿記導入には賛否はありますが、現代において100年に一度の不況下で、公的な団体の財政、予算管理の役割は増すばかりあます。このような変革期には、多くの人々を正しい方向に導く、公共政策、街創りを担えるリーダーシップをとれる人が必要になってきています。
3.リーダーシップ
滋賀県産業共同研究センターのある滋賀県彦根市には、わが国を開国に導いたリーダー、井伊直弼[13]がいます。二年前には滋賀県彦根市[14]で彦根城築城400年祭が行われ、「ひこにゃん」[15]というキャラクターで、彦根市内の商店街は特需のような賑わいを経験したと聞いています。乱世の世と現代社会において400年とう時間が、キワードとなり、もしかしたら時代の変遷の時間的な区切りに400年という時間軸に意味があるのかもしれないと思うのは私だけでしょうか。400年前のわが国は、まさに時代が動いていた戦国時代の世でありました。独創的な織田信長[16]、足軽から成り上がった天下人、豊臣秀吉、漁夫の利、徳川家康[17]というわが国、日本史を代表する歴史的なリーダーによって大きくわが国が変化、変わろうとしていた時代だったかもしれません。今、日本は100年に一度といわれる、世界的な大不況に直面し、苦境を呈しています。更に産業革命以来の工業化で、自然環境は破壊され今年、メキシコでは、新型インフルエンザが流行し、多くの死亡者をだし、混迷しています。これからの世界経済において「環境」という言葉がキワードになってきています。今のわが国、日本、いや全世界も大きな転換点を向えようとしていると感じています。わが国を代表する自動車産業も化石燃料に頼らない環境保全を重視したハイブリッドカー[18]や電気自動車[19]の開発に本格的に取り組み始め、大きな転換点を向えようとしています。私が毎日、通う京都大学[20]では、ノーベル賞[21]を受賞された益川敏英[22]京都大学名誉教授[23]の講演が多数行われています。また、京都大学のリーダーシップはIPS細胞などの研究においても世界に貢献しています。このように大学などが寄附を自主的に集め、研究する大学のあり方も大きく変わろうとしています。世界的には、今なお、世界のリーダーシップをとり続ける国、アメリカ合衆国があります。この経済不況のなか、アメリカの大統領になったバラク・フセイン・オバマ・ジュニア[24]のリーダーシップに今、世界中が注目をしています。わが国の400年前の戦国の世に、流れ星のように、現れて消えていった戦国武将のように、時代を動かす、リーダーシップをとる人材が今、求められているのかも知れません。時を同じくして、現在日本では、与党の内閣総理大臣が流れ星のごとく変わっています。日本に真のリーダーはいたのでしょうか。
4. 滋賀大学建学の精神「士魂商才」と中江藤樹
アメリカ合衆国[25]の大統領のジョン・フィッツジェラルド・ケネディ[26]やウィリアム・ジェファソン・クリントン[27]にも愛読された内村鑑三[28]の著書「代表的日本人」にも選ばれた日本の陽明学[29]の祖、中江藤樹[30]先生がいます。先生の生誕の地、滋賀県高島市で生誕400年を祝い、昨年、滋賀県高島市で400年祭が行われました。中江藤樹先生に関する数多くの行事が行われ、多くの市民が参加しました。わが国、日本のリーダーシップをとってきたのは誰かと言われれば、私は、日本で一番、最初に自宅を村人に開放し私塾、学校を創られた中江藤樹先生だと思います。愛媛県大洲[31]の武士を辞め、郷里の滋賀県高島市安曇川町の小川村に帰り酒の販売の商売を営みました。中江藤樹先生は郷里の人々を助け、子供でも大きな川が渡れるように、リーダーシップをとりみんなの手で安曇川に橋を架けました。滋賀大学[32]建学の精神「士魂商才」である相互扶助、社会奉仕的精神を持った近江商人、百貨店の高島屋に代表される高島商人でありました。このような武士の精神と商人の知恵を兼ね備えた中江藤樹先生の生き方を学びたく、高島市の中江藤樹生誕400年祭の市民劇に応募しました。
私は、昨年9月21日に、近江聖人として教科書にも載っている中江藤樹先生の生きざまを20数名の市民が演劇「藤の樹と風と-中江藤樹物語-」として演じました。中江藤樹生誕400年祭市民劇は生誕地である高島市安曇川町藤樹の里文化芸術会館で行われました。中江藤樹先生は、日本で最初の私塾を作り、その教えは今もなお地下水のごとく受け継がれ、私のような独立開業をして税理士[33]業務を営むものにとっても生かすべきところが多いと感じました。人は誰でも「良知」[34]という美しい心を持っているという「致良知」や、物事をよく理解し実行して初めて知ったことになるという「知行合一」[35]など、沢山の教えがあります。このような学校を作ることができたのは、先生の人柄、能力もさることながら、諸説はありますが、当時、豪農であった親の財産を相続したからこそ、できた偉業だという説もあります。
先生の本を数多く読みましたが、なぜ愛媛県の大洲藩を脱藩してまで武士を辞め、命がけで高島市安曇川町小川村に帰ってきたかが私は、分かりませんでした。そんな時、高島市のホームページで、中江藤樹生誕400年祭市民劇の市民出演者を募集していることを知りました。そこで、私は、早速、中江藤樹先生役で応募しました。「なぜ、命の危険まで冒して、高島に帰ってきたのか。」これが、私の思い、この理由を知りたくて、市民劇の参加を決意しました。
昨年の3月頃から台本を読み、配役は大洲の武士3役と小川村村民5役(商人)に決まりました。私の配役も「士魂商才」の精神、武士の精神と商人の知恵を兼ね備えた配役になりました。独立起業家の経験を生かし、演劇の練習に望みました。4月には記者会見まで行い、テレビ、新聞社などの取材も受けました。最初は、これほどまでに真剣になるとは、自分自身想像もしていませんでした。演出家の先生や高島市の職員スタッフの思いと真剣さが、皆を本気にさせたのだと思います。今から思えば、私にとってこの市民劇の稽古そのものが、中江藤樹先生の藤樹書院であり、人としてどう生きるかを教わることができたものとなりました。この市民劇の稽古中に何日も徹夜で語りあった日々は、まさに中江藤樹先生の私塾に優るとも劣らないものとなりました。数ヶ月に及ぶ、連日の稽古で、中江藤樹先生の考えを学び、気づいたことも沢山ありました。市民劇に応募するにあたって、中江藤樹先生の本は誰にも負けないぐらい読みましたが、中江藤樹先生の本当の気持ちは分かりませんでした。しかし、演劇の持つ力、演じることによる擬似体験に勝るものはなかったと思います。何故ならば、本では得ることができない、大切なものが演出家の先生と藤樹役の俳優さんたちの真剣さと本気さによって導きだされたからです。この市民劇を一番見てほしかった母親に感想を聞くと、私の演じる姿を見て、祖父の姿を思い出したという言葉に感動しました。その言葉を聞いた瞬間、私は自分自身の親の大切さを気づき、孝は繋がっていると感じました。昨年の滋賀大学産業共同センター年報NO7[36]の私の寄稿文章[37]などの宣伝効果などで市民劇自体は一ヶ月まえにすべて有料のチケットは完売し、多くの拍手と感動のお言葉を多くの方からいただき、大成功に終わりました。後日、この演劇はびわ湖放送[38]さんがノーカットで105分のテレビ放映をしていただきました。
最後のカーテンコールで再び幕は開きませんでしたが、胸をはって、誇らしく真正面を向いた私たちの姿がありました。その時に私たちが流した涙がすべての苦労、葛藤を、すべて洗い流しました。
400年前に生まれた中江藤樹先生の市民劇に参加し、多くの人々と出会い、演劇の持つ力で、多くのことを学び、私自身も前向きに生きられるようになりました。この市民劇に参加した、多くの人々がリーダーシップをとり、活動されていたことに感銘しました。多くの市民の、思いや時間という寄附によって、市民劇は大成功に終わりました。財政難に苦しむ地方自治体おける市民参加型の行政のヒントになると私は、体験しました。私が滋賀大学で学んだ滋賀大学建学の精神「士魂商才」。この精神を通じて、地域社会でリーダーシップをとり、地域社会に少しですが貢献できたと感じました。
5.おわりに
私は今年で滋賀大学産業共同研究センター相談員3年、滋賀大学産業共同研究センター客員研究員6年目を過ごしましています。さらに今年の4月からは、京都に毎日のように通い、四季移り変わる加茂川の風景を感じながら、学び、京都大学大学院で日々、新たな発見をしています。夢は努力をし、諦めなければ必ず叶うと強く信じ、日々、感謝をしながら、毎日、試行錯誤しながらチャレンジをしながら、前に、一歩一歩進んでいます。将来、中江藤樹先生が自宅で私塾、学校を創り、今なお、多くの人々に慕われているように、私も滋賀県高島市に住む人々が生き生きと学べる大学をこの地で創りたいと夢を大きく膨らましています。私も公共政策を学び、地域社会のリーダーシップをとることのできる人材になるべく、日々、努力したいです。地域社会を担える人材は、都会ではなく、その地域います。NHK 「プロフェッショナル 仕事の流儀」第35回2006年12月7日放送[39]の青森県中津軽郡のりんご農家木村秋則さん。彼は、無農薬りんごにひと筋にこだわり、そのこだわりは、卓越した脳を持っていたサー・アイザック・ニュートンが、りんごが落ちるのを、地球とりんごが衝突したと感じ、万有引力を提唱したように、木村秋則さんは、どんな逆境にも負けずにりんご自身の可能性の力を引き出した。彼は、地域社会で活躍する無名の青森県中津軽郡のりんご農家です。私は、木村秋則さんにサー・アイザック・ニュートンよりプロフェッショナルとしての「すごさ」を感じます。まさに「士魂商才」です。この地域では木村秋則さんを慕い学ぶものがたえない。都会でなく地域社会を担えるリーダーシップをとれるすばらしい人材は田舎に沢山います。
私が税理士、ITコーディネーター及び起業家として過ごして夢を膨らました滋賀県での10年間。多くの起業家たちと出会い、学びあいました。滋賀大学で学んだ滋賀大学建学の精神「士魂商才」が中江藤樹先生同様、今もこの近江の地で、400年の時空を超えて滋賀県で脈々といきつづけています。そして、今日も中江藤樹先生のように大きく羽ばたくチャンスにチャレンジしています。
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[1] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%96%E7%95%8C%E9%81%BA%E7%94%A3
[2] http://www.city.himeji.lg.jp/guide/castle/
[3] http://www.himeji-kanko.jp/contents/castle/subwin/jukkei05.html
[4] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AB%B8%E8%A1%8C%E7%84%A1%E5%B8%B8
[5] http://www.city.himeji.lg.jp/kouhou/kouhoushi/backnumber/200805/tokushu01.html
[6] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B1%8A%E8%87%A3%E7%A7%80%E5%90%89
[7] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%B5%E3%82%8B%E3%81%95%E3%81%A8%E7%B4%8D%E7%A8%8E
[8] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E5%B3%B6%E5%B8%82
[9] http://www.biwako.shiga-u.ac.jp/jrc/
[10] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BD%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%8D%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%BB%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%83%93%E3%82%B9
[11] http://sns.city.takashima.shiga.jp/
[12] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%82%A6%E3%83%97%E5%8B%A7%E5%91%8A
[13] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%95%E4%BC%8A%E7%9B%B4%E5%BC%BC
[14] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BD%A6%E6%A0%B9%E5%B8%82
[15] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%B2%E3%81%93%E3%81%AB%E3%82%83%E3%82%93
[16] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B9%94%E7%94%B0%E4%BF%A1%E9%95%B7
[17] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%B3%E5%B7%9D%E5%AE%B6%E5%BA%B7
[18] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%83%96%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%89%E3%82%AB%E3%83%BC
[19] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%BB%E6%B0%97%E8%87%AA%E5%8B%95%E8%BB%8A
[20] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%AC%E9%83%BD%E5%A4%A7%E5%AD%A6
[21] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%99%E3%83%AB%E8%B3%9E
[22] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9B%8A%E5%B7%9D%E6%95%8F%E8%8B%B1
[23] http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/profile/news_data/h/h1/news7/2008/081008_1.htm
[24] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%A9%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%82%AA%E3%83%90%E3%83%9E
[25] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E5%90%88%E8%A1%86%E5%9B%BD
[26] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%83%BBF%E3%83%BB%E3%82%B1%E3%83%8D%E3%83%87%E3%82%A3
[27] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%93%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%B3
[28] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%85%E6%9D%91%E9%91%91%E4%B8%89
[29] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%99%BD%E6%98%8E%E5%AD%A6
[30] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E6%B1%9F%E8%97%A4%E6%A8%B9
[31] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%B4%B2%E5%B8%82
[32] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BB%8B%E8%B3%80%E5%A4%A7%E5%AD%A6
[33] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A8%8E%E7%90%86%E5%A3%AB
[34] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%B4%E8%89%AF%E7%9F%A5
[35] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%A5%E8%A1%8C%E5%90%88%E4%B8%80
[36] http://www.biwako.shiga-u.ac.jp/jrc/annual-7.html
[37] http://www.biwako.shiga-u.ac.jp/jrc/annual-no7/no7-4-4b.pdf
[38] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%B3%E3%82%8F%E6%B9%96%E6%94%BE%E9%80%81
[39] http://www.nhk.or.jp/professional/backnumber/061207/index.html
木村勝則 税理士 ITコーディネーター 事務所
滋賀大学産業共同研究センター 客員研究員
木村 勝則
1.はじめに
1609年(慶長14年)築城の世界遺産[1]で国宝の姫路城[2]が築城400年の節目を迎えます。今年も姫路城の三の丸広場[3]の桜は咲き乱れ、あたかも400年の長きにわたる栄枯盛衰を姫路城と桜の花びらが表現し語っているように思えます。私は美しい姫路城の三の丸の咲き乱れる桜を見ていると戦国の世と同じ「諸行無常」[4]を感じずにはいられません。その姫路城が今年、昭和39年の修復以来、45年ぶりの「平成の大修復」[5]に入ります。その財源の28億のうち、10億ほどを豊臣秀吉[6]が、姫路城の姫山に城を築城した逸話にちなんで現在の姫路城の修復の財源を目的に「ふるさと納税」[7]が今年4月から実施された。これに賛同する人々や、観光に来た外国人の方々から、もうすでに多くの寄附が集まっていると聞いています。私も世界一優雅な城、姫路城のために寄附をしたいです。
2.自発的寄附の必要性
(1)国、地方自治体の財政難
少子高齢化で成熟した経済大国のわが国、日本。国自身の負債、国債残高が右肩上がりに膨らみ財政難で苦しんでいます。市町村の財政も地方交付金も削減され、地方の財源確保が課題になっています。昨年、私が住む滋賀県高島市[8]は滋賀大学産業共同研究センター[9]と協定を結び、高島市のソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)[10]サイト「きてねっと」[11]において、高島市は滋賀大学の教授を高島市SNS会長に迎えた。私も高島市SNS副会長に選ばれ多くの高島市民といろんな議論が行われました。悪化する高島市の財政についても話が及びました。
(2)納税者主義の開花
このSNSの日記のサイトで私は高島市の財政確保の一環として「ふるさと納税」について、インターネットを通じて呼びかけました。さらに知り合いの税理士事務所に伺い高島市への「ふるさと納税」の必要性を説明しました。自発的な納税者の意思が反映され、シャウプ勧告[12]以来、日本人がはじめて、徴収される予定の国税と地方税の一部について、納税者が自発的に使途を決めることができる画期的な制度です。さらに寄附という納税方式を一部とるために、納税の時期を、納税者自身が決定することができる納税者の立場にたった制度であると説明しました。「ふるさと納税」は、利害関係の異なる国や県知事などの首長の会議の研究会によって、議論されたために、所得税では寄付金控除で処理され、住民税の一割を限度に、市町村などに支払う、手数料の5000円以外、最も有利な方法をとれば、実質負担なしに、寄附したい市町村などの財政を支援できる制度となりました。給与所得者についても、自分自身で寄附したい市町村などを調べ、書類で申請し、年度末までに寄附を振り込む必要性があります。さらに「ふるさと納税」を実現するためには、所得税の申告期限までに寄附した領収書を添付し、申告する必要があります。この煩雑さが、今年の「ふるさと納税」が、予想していたほど寄附が集まらなかったという意見もあります。年末調整で完結できる制度への要望も聞きますが、給与所得者であっても、確定申告において納税を強く意識できるいい機会では、ないでしょうか。私は「ふるさと納税」は、わが国における納税者の意思が反映される納税者主義の初めての開花であると感じています。さらに受け手の「ふるさと納税」を確保した市町村などは知恵の出し合い、更に姫路市のように使途についても、知恵を振り絞る。そこに、今まで公的な団体の多くが、希薄であった採算、コスト意識が感じられる。最近は、公会計の議論が盛んで、公的な自治体でも複式簿記で発生主義の会計システムを導入する傾向にあます。複式簿記導入には賛否はありますが、現代において100年に一度の不況下で、公的な団体の財政、予算管理の役割は増すばかりあます。このような変革期には、多くの人々を正しい方向に導く、公共政策、街創りを担えるリーダーシップをとれる人が必要になってきています。
3.リーダーシップ
滋賀県産業共同研究センターのある滋賀県彦根市には、わが国を開国に導いたリーダー、井伊直弼[13]がいます。二年前には滋賀県彦根市[14]で彦根城築城400年祭が行われ、「ひこにゃん」[15]というキャラクターで、彦根市内の商店街は特需のような賑わいを経験したと聞いています。乱世の世と現代社会において400年とう時間が、キワードとなり、もしかしたら時代の変遷の時間的な区切りに400年という時間軸に意味があるのかもしれないと思うのは私だけでしょうか。400年前のわが国は、まさに時代が動いていた戦国時代の世でありました。独創的な織田信長[16]、足軽から成り上がった天下人、豊臣秀吉、漁夫の利、徳川家康[17]というわが国、日本史を代表する歴史的なリーダーによって大きくわが国が変化、変わろうとしていた時代だったかもしれません。今、日本は100年に一度といわれる、世界的な大不況に直面し、苦境を呈しています。更に産業革命以来の工業化で、自然環境は破壊され今年、メキシコでは、新型インフルエンザが流行し、多くの死亡者をだし、混迷しています。これからの世界経済において「環境」という言葉がキワードになってきています。今のわが国、日本、いや全世界も大きな転換点を向えようとしていると感じています。わが国を代表する自動車産業も化石燃料に頼らない環境保全を重視したハイブリッドカー[18]や電気自動車[19]の開発に本格的に取り組み始め、大きな転換点を向えようとしています。私が毎日、通う京都大学[20]では、ノーベル賞[21]を受賞された益川敏英[22]京都大学名誉教授[23]の講演が多数行われています。また、京都大学のリーダーシップはIPS細胞などの研究においても世界に貢献しています。このように大学などが寄附を自主的に集め、研究する大学のあり方も大きく変わろうとしています。世界的には、今なお、世界のリーダーシップをとり続ける国、アメリカ合衆国があります。この経済不況のなか、アメリカの大統領になったバラク・フセイン・オバマ・ジュニア[24]のリーダーシップに今、世界中が注目をしています。わが国の400年前の戦国の世に、流れ星のように、現れて消えていった戦国武将のように、時代を動かす、リーダーシップをとる人材が今、求められているのかも知れません。時を同じくして、現在日本では、与党の内閣総理大臣が流れ星のごとく変わっています。日本に真のリーダーはいたのでしょうか。
4. 滋賀大学建学の精神「士魂商才」と中江藤樹
アメリカ合衆国[25]の大統領のジョン・フィッツジェラルド・ケネディ[26]やウィリアム・ジェファソン・クリントン[27]にも愛読された内村鑑三[28]の著書「代表的日本人」にも選ばれた日本の陽明学[29]の祖、中江藤樹[30]先生がいます。先生の生誕の地、滋賀県高島市で生誕400年を祝い、昨年、滋賀県高島市で400年祭が行われました。中江藤樹先生に関する数多くの行事が行われ、多くの市民が参加しました。わが国、日本のリーダーシップをとってきたのは誰かと言われれば、私は、日本で一番、最初に自宅を村人に開放し私塾、学校を創られた中江藤樹先生だと思います。愛媛県大洲[31]の武士を辞め、郷里の滋賀県高島市安曇川町の小川村に帰り酒の販売の商売を営みました。中江藤樹先生は郷里の人々を助け、子供でも大きな川が渡れるように、リーダーシップをとりみんなの手で安曇川に橋を架けました。滋賀大学[32]建学の精神「士魂商才」である相互扶助、社会奉仕的精神を持った近江商人、百貨店の高島屋に代表される高島商人でありました。このような武士の精神と商人の知恵を兼ね備えた中江藤樹先生の生き方を学びたく、高島市の中江藤樹生誕400年祭の市民劇に応募しました。
私は、昨年9月21日に、近江聖人として教科書にも載っている中江藤樹先生の生きざまを20数名の市民が演劇「藤の樹と風と-中江藤樹物語-」として演じました。中江藤樹生誕400年祭市民劇は生誕地である高島市安曇川町藤樹の里文化芸術会館で行われました。中江藤樹先生は、日本で最初の私塾を作り、その教えは今もなお地下水のごとく受け継がれ、私のような独立開業をして税理士[33]業務を営むものにとっても生かすべきところが多いと感じました。人は誰でも「良知」[34]という美しい心を持っているという「致良知」や、物事をよく理解し実行して初めて知ったことになるという「知行合一」[35]など、沢山の教えがあります。このような学校を作ることができたのは、先生の人柄、能力もさることながら、諸説はありますが、当時、豪農であった親の財産を相続したからこそ、できた偉業だという説もあります。
先生の本を数多く読みましたが、なぜ愛媛県の大洲藩を脱藩してまで武士を辞め、命がけで高島市安曇川町小川村に帰ってきたかが私は、分かりませんでした。そんな時、高島市のホームページで、中江藤樹生誕400年祭市民劇の市民出演者を募集していることを知りました。そこで、私は、早速、中江藤樹先生役で応募しました。「なぜ、命の危険まで冒して、高島に帰ってきたのか。」これが、私の思い、この理由を知りたくて、市民劇の参加を決意しました。
昨年の3月頃から台本を読み、配役は大洲の武士3役と小川村村民5役(商人)に決まりました。私の配役も「士魂商才」の精神、武士の精神と商人の知恵を兼ね備えた配役になりました。独立起業家の経験を生かし、演劇の練習に望みました。4月には記者会見まで行い、テレビ、新聞社などの取材も受けました。最初は、これほどまでに真剣になるとは、自分自身想像もしていませんでした。演出家の先生や高島市の職員スタッフの思いと真剣さが、皆を本気にさせたのだと思います。今から思えば、私にとってこの市民劇の稽古そのものが、中江藤樹先生の藤樹書院であり、人としてどう生きるかを教わることができたものとなりました。この市民劇の稽古中に何日も徹夜で語りあった日々は、まさに中江藤樹先生の私塾に優るとも劣らないものとなりました。数ヶ月に及ぶ、連日の稽古で、中江藤樹先生の考えを学び、気づいたことも沢山ありました。市民劇に応募するにあたって、中江藤樹先生の本は誰にも負けないぐらい読みましたが、中江藤樹先生の本当の気持ちは分かりませんでした。しかし、演劇の持つ力、演じることによる擬似体験に勝るものはなかったと思います。何故ならば、本では得ることができない、大切なものが演出家の先生と藤樹役の俳優さんたちの真剣さと本気さによって導きだされたからです。この市民劇を一番見てほしかった母親に感想を聞くと、私の演じる姿を見て、祖父の姿を思い出したという言葉に感動しました。その言葉を聞いた瞬間、私は自分自身の親の大切さを気づき、孝は繋がっていると感じました。昨年の滋賀大学産業共同センター年報NO7[36]の私の寄稿文章[37]などの宣伝効果などで市民劇自体は一ヶ月まえにすべて有料のチケットは完売し、多くの拍手と感動のお言葉を多くの方からいただき、大成功に終わりました。後日、この演劇はびわ湖放送[38]さんがノーカットで105分のテレビ放映をしていただきました。
最後のカーテンコールで再び幕は開きませんでしたが、胸をはって、誇らしく真正面を向いた私たちの姿がありました。その時に私たちが流した涙がすべての苦労、葛藤を、すべて洗い流しました。
400年前に生まれた中江藤樹先生の市民劇に参加し、多くの人々と出会い、演劇の持つ力で、多くのことを学び、私自身も前向きに生きられるようになりました。この市民劇に参加した、多くの人々がリーダーシップをとり、活動されていたことに感銘しました。多くの市民の、思いや時間という寄附によって、市民劇は大成功に終わりました。財政難に苦しむ地方自治体おける市民参加型の行政のヒントになると私は、体験しました。私が滋賀大学で学んだ滋賀大学建学の精神「士魂商才」。この精神を通じて、地域社会でリーダーシップをとり、地域社会に少しですが貢献できたと感じました。
5.おわりに
私は今年で滋賀大学産業共同研究センター相談員3年、滋賀大学産業共同研究センター客員研究員6年目を過ごしましています。さらに今年の4月からは、京都に毎日のように通い、四季移り変わる加茂川の風景を感じながら、学び、京都大学大学院で日々、新たな発見をしています。夢は努力をし、諦めなければ必ず叶うと強く信じ、日々、感謝をしながら、毎日、試行錯誤しながらチャレンジをしながら、前に、一歩一歩進んでいます。将来、中江藤樹先生が自宅で私塾、学校を創り、今なお、多くの人々に慕われているように、私も滋賀県高島市に住む人々が生き生きと学べる大学をこの地で創りたいと夢を大きく膨らましています。私も公共政策を学び、地域社会のリーダーシップをとることのできる人材になるべく、日々、努力したいです。地域社会を担える人材は、都会ではなく、その地域います。NHK 「プロフェッショナル 仕事の流儀」第35回2006年12月7日放送[39]の青森県中津軽郡のりんご農家木村秋則さん。彼は、無農薬りんごにひと筋にこだわり、そのこだわりは、卓越した脳を持っていたサー・アイザック・ニュートンが、りんごが落ちるのを、地球とりんごが衝突したと感じ、万有引力を提唱したように、木村秋則さんは、どんな逆境にも負けずにりんご自身の可能性の力を引き出した。彼は、地域社会で活躍する無名の青森県中津軽郡のりんご農家です。私は、木村秋則さんにサー・アイザック・ニュートンよりプロフェッショナルとしての「すごさ」を感じます。まさに「士魂商才」です。この地域では木村秋則さんを慕い学ぶものがたえない。都会でなく地域社会を担えるリーダーシップをとれるすばらしい人材は田舎に沢山います。
私が税理士、ITコーディネーター及び起業家として過ごして夢を膨らました滋賀県での10年間。多くの起業家たちと出会い、学びあいました。滋賀大学で学んだ滋賀大学建学の精神「士魂商才」が中江藤樹先生同様、今もこの近江の地で、400年の時空を超えて滋賀県で脈々といきつづけています。そして、今日も中江藤樹先生のように大きく羽ばたくチャンスにチャレンジしています。
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[1] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%96%E7%95%8C%E9%81%BA%E7%94%A3
[2] http://www.city.himeji.lg.jp/guide/castle/
[3] http://www.himeji-kanko.jp/contents/castle/subwin/jukkei05.html
[4] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AB%B8%E8%A1%8C%E7%84%A1%E5%B8%B8
[5] http://www.city.himeji.lg.jp/kouhou/kouhoushi/backnumber/200805/tokushu01.html
[6] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B1%8A%E8%87%A3%E7%A7%80%E5%90%89
[7] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%B5%E3%82%8B%E3%81%95%E3%81%A8%E7%B4%8D%E7%A8%8E
[8] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E5%B3%B6%E5%B8%82
[9] http://www.biwako.shiga-u.ac.jp/jrc/
[10] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BD%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%8D%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%BB%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%83%93%E3%82%B9
[11] http://sns.city.takashima.shiga.jp/
[12] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%82%A6%E3%83%97%E5%8B%A7%E5%91%8A
[13] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%95%E4%BC%8A%E7%9B%B4%E5%BC%BC
[14] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BD%A6%E6%A0%B9%E5%B8%82
[15] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%B2%E3%81%93%E3%81%AB%E3%82%83%E3%82%93
[16] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B9%94%E7%94%B0%E4%BF%A1%E9%95%B7
[17] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%B3%E5%B7%9D%E5%AE%B6%E5%BA%B7
[18] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%83%96%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%89%E3%82%AB%E3%83%BC
[19] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%BB%E6%B0%97%E8%87%AA%E5%8B%95%E8%BB%8A
[20] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%AC%E9%83%BD%E5%A4%A7%E5%AD%A6
[21] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%99%E3%83%AB%E8%B3%9E
[22] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9B%8A%E5%B7%9D%E6%95%8F%E8%8B%B1
[23] http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/profile/news_data/h/h1/news7/2008/081008_1.htm
[24] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%A9%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%82%AA%E3%83%90%E3%83%9E
[25] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E5%90%88%E8%A1%86%E5%9B%BD
[26] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%83%BBF%E3%83%BB%E3%82%B1%E3%83%8D%E3%83%87%E3%82%A3
[27] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%93%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%B3
[28] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%85%E6%9D%91%E9%91%91%E4%B8%89
[29] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%99%BD%E6%98%8E%E5%AD%A6
[30] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E6%B1%9F%E8%97%A4%E6%A8%B9
[31] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%B4%B2%E5%B8%82
[32] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BB%8B%E8%B3%80%E5%A4%A7%E5%AD%A6
[33] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A8%8E%E7%90%86%E5%A3%AB
[34] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%B4%E8%89%AF%E7%9F%A5
[35] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%A5%E8%A1%8C%E5%90%88%E4%B8%80
[36] http://www.biwako.shiga-u.ac.jp/jrc/annual-7.html
[37] http://www.biwako.shiga-u.ac.jp/jrc/annual-no7/no7-4-4b.pdf
[38] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%B3%E3%82%8F%E6%B9%96%E6%94%BE%E9%80%81
[39] http://www.nhk.or.jp/professional/backnumber/061207/index.html
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20:48
滋賀大学建学の精神「士魂商才」と高島市中江藤樹市民劇とふるさと納税
木村勝則 税理士 ITコーディネーター 事務所
滋賀大学産業共同研究センター 客員研究員
木村 勝則
1.はじめに
1609年(慶長14年)築城の世界遺産[1]で国宝の姫路城[2]が築城400年の節目を迎えます。今年も姫路城の三の丸広場[3]の桜は咲き乱れ、あたかも400年の長きにわたる栄枯盛衰を姫路城と桜の花びらが表現し語っているように思えます。私は美しい姫路城の三の丸の咲き乱れる桜を見ていると戦国の世と同じ「諸行無常」[4]を感じずにはいられません。その姫路城が今年、昭和39年の修復以来、45年ぶりの「平成の大修復」[5]に入ります。その財源の28億のうち、10億ほどを豊臣秀吉[6]が、姫路城の姫山に城を築城した逸話にちなんで現在の姫路城の修復の財源を目的に「ふるさと納税」[7]が今年4月から実施された。これに賛同する人々や、観光に来た外国人の方々から、もうすでに多くの寄附が集まっていると聞いています。私も世界一優雅な城、姫路城のために寄附をしたいです。
2.自発的寄附の必要性
(1)国、地方自治体の財政難
少子高齢化で成熟した経済大国のわが国、日本。国自身の負債、国債残高が右肩上がりに膨らみ財政難で苦しんでいます。市町村の財政も地方交付金も削減され、地方の財源確保が課題になっています。昨年、私が住む滋賀県高島市[8]は滋賀大学産業共同研究センター[9]と協定を結び、高島市のソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)[10]サイト「きてねっと」[11]において、高島市は滋賀大学の教授を高島市SNS会長に迎えた。私も高島市SNS副会長に選ばれ多くの高島市民といろんな議論が行われました。悪化する高島市の財政についても話が及びました。
(2)納税者主義の開花
このSNSの日記のサイトで私は高島市の財政確保の一環として「ふるさと納税」について、インターネットを通じて呼びかけました。さらに知り合いの税理士事務所に伺い高島市への「ふるさと納税」の必要性を説明しました。自発的な納税者の意思が反映され、シャウプ勧告[12]以来、日本人がはじめて、徴収される予定の国税と地方税の一部について、納税者が自発的に使途を決めることができる画期的な制度です。さらに寄附という納税方式を一部とるために、納税の時期を、納税者自身が決定することができる納税者の立場にたった制度であると説明しました。「ふるさと納税」は、利害関係の異なる国や県知事などの首長の会議の研究会によって、議論されたために、所得税では寄付金控除で処理され、住民税の一割を限度に、市町村などに支払う、手数料の5000円以外、最も有利な方法をとれば、実質負担なしに、寄附したい市町村などの財政を支援できる制度となりました。給与所得者についても、自分自身で寄附したい市町村などを調べ、書類で申請し、年度末までに寄附を振り込む必要性があります。さらに「ふるさと納税」を実現するためには、所得税の申告期限までに寄附した領収書を添付し、申告する必要があります。この煩雑さが、今年の「ふるさと納税」が、予想していたほど寄附が集まらなかったという意見もあります。年末調整で完結できる制度への要望も聞きますが、給与所得者であっても、確定申告において納税を強く意識できるいい機会では、ないでしょうか。私は「ふるさと納税」は、わが国における納税者の意思が反映される納税者主義の初めての開花であると感じています。さらに受け手の「ふるさと納税」を確保した市町村などは知恵の出し合い、更に姫路市のように使途についても、知恵を振り絞る。そこに、今まで公的な団体の多くが、希薄であった採算、コスト意識が感じられる。最近は、公会計の議論が盛んで、公的な自治体でも複式簿記で発生主義の会計システムを導入する傾向にあます。複式簿記導入には賛否はありますが、現代において100年に一度の不況下で、公的な団体の財政、予算管理の役割は増すばかりあます。このような変革期には、多くの人々を正しい方向に導く、公共政策、街創りを担えるリーダーシップをとれる人が必要になってきています。
3.リーダーシップ
滋賀県産業共同研究センターのある滋賀県彦根市には、わが国を開国に導いたリーダー、井伊直弼[13]がいます。二年前には滋賀県彦根市[14]で彦根城築城400年祭が行われ、「ひこにゃん」[15]というキャラクターで、彦根市内の商店街は特需のような賑わいを経験したと聞いています。乱世の世と現代社会において400年とう時間が、キワードとなり、もしかしたら時代の変遷の時間的な区切りに400年という時間軸に意味があるのかもしれないと思うのは私だけでしょうか。400年前のわが国は、まさに時代が動いていた戦国時代の世でありました。独創的な織田信長[16]、足軽から成り上がった天下人、豊臣秀吉、漁夫の利、徳川家康[17]というわが国、日本史を代表する歴史的なリーダーによって大きくわが国が変化、変わろうとしていた時代だったかもしれません。今、日本は100年に一度といわれる、世界的な大不況に直面し、苦境を呈しています。更に産業革命以来の工業化で、自然環境は破壊され今年、メキシコでは、新型インフルエンザが流行し、多くの死亡者をだし、混迷しています。これからの世界経済において「環境」という言葉がキワードになってきています。今のわが国、日本、いや全世界も大きな転換点を向えようとしていると感じています。わが国を代表する自動車産業も化石燃料に頼らない環境保全を重視したハイブリッドカー[18]や電気自動車[19]の開発に本格的に取り組み始め、大きな転換点を向えようとしています。私が毎日、通う京都大学[20]では、ノーベル賞[21]を受賞された益川敏英[22]京都大学名誉教授[23]の講演が多数行われています。また、京都大学のリーダーシップはIPS細胞などの研究においても世界に貢献しています。このように大学などが寄附を自主的に集め、研究する大学のあり方も大きく変わろうとしています。世界的には、今なお、世界のリーダーシップをとり続ける国、アメリカ合衆国があります。この経済不況のなか、アメリカの大統領になったバラク・フセイン・オバマ・ジュニア[24]のリーダーシップに今、世界中が注目をしています。わが国の400年前の戦国の世に、流れ星のように、現れて消えていった戦国武将のように、時代を動かす、リーダーシップをとる人材が今、求められているのかも知れません。時を同じくして、現在日本では、与党の内閣総理大臣が流れ星のごとく変わっています。日本に真のリーダーはいたのでしょうか。
4. 滋賀大学建学の精神「士魂商才」と中江藤樹
アメリカ合衆国[25]の大統領のジョン・フィッツジェラルド・ケネディ[26]やウィリアム・ジェファソン・クリントン[27]にも愛読された内村鑑三[28]の著書「代表的日本人」にも選ばれた日本の陽明学[29]の祖、中江藤樹[30]先生がいます。先生の生誕の地、滋賀県高島市で生誕400年を祝い、昨年、滋賀県高島市で400年祭が行われました。中江藤樹先生に関する数多くの行事が行われ、多くの市民が参加しました。わが国、日本のリーダーシップをとってきたのは誰かと言われれば、私は、日本で一番、最初に自宅を村人に開放し私塾、学校を創られた中江藤樹先生だと思います。愛媛県大洲[31]の武士を辞め、郷里の滋賀県高島市安曇川町の小川村に帰り酒の販売の商売を営みました。中江藤樹先生は郷里の人々を助け、子供でも大きな川が渡れるように、リーダーシップをとりみんなの手で安曇川に橋を架けました。滋賀大学[32]建学の精神「士魂商才」である相互扶助、社会奉仕的精神を持った近江商人、百貨店の高島屋に代表される高島商人でありました。このような武士の精神と商人の知恵を兼ね備えた中江藤樹先生の生き方を学びたく、高島市の中江藤樹生誕400年祭の市民劇に応募しました。
私は、昨年9月21日に、近江聖人として教科書にも載っている中江藤樹先生の生きざまを20数名の市民が演劇「藤の樹と風と-中江藤樹物語-」として演じました。中江藤樹生誕400年祭市民劇は生誕地である高島市安曇川町藤樹の里文化芸術会館で行われました。中江藤樹先生は、日本で最初の私塾を作り、その教えは今もなお地下水のごとく受け継がれ、私のような独立開業をして税理士[33]業務を営むものにとっても生かすべきところが多いと感じました。人は誰でも「良知」[34]という美しい心を持っているという「致良知」や、物事をよく理解し実行して初めて知ったことになるという「知行合一」[35]など、沢山の教えがあります。このような学校を作ることができたのは、先生の人柄、能力もさることながら、諸説はありますが、当時、豪農であった親の財産を相続したからこそ、できた偉業だという説もあります。
先生の本を数多く読みましたが、なぜ愛媛県の大洲藩を脱藩してまで武士を辞め、命がけで高島市安曇川町小川村に帰ってきたかが私は、分かりませんでした。そんな時、高島市のホームページで、中江藤樹生誕400年祭市民劇の市民出演者を募集していることを知りました。そこで、私は、早速、中江藤樹先生役で応募しました。「なぜ、命の危険まで冒して、高島に帰ってきたのか。」これが、私の思い、この理由を知りたくて、市民劇の参加を決意しました。
昨年の3月頃から台本を読み、配役は大洲の武士3役と小川村村民5役(商人)に決まりました。私の配役も「士魂商才」の精神、武士の精神と商人の知恵を兼ね備えた配役になりました。独立起業家の経験を生かし、演劇の練習に望みました。4月には記者会見まで行い、テレビ、新聞社などの取材も受けました。最初は、これほどまでに真剣になるとは、自分自身想像もしていませんでした。演出家の先生や高島市の職員スタッフの思いと真剣さが、皆を本気にさせたのだと思います。今から思えば、私にとってこの市民劇の稽古そのものが、中江藤樹先生の藤樹書院であり、人としてどう生きるかを教わることができたものとなりました。この市民劇の稽古中に何日も徹夜で語りあった日々は、まさに中江藤樹先生の私塾に優るとも劣らないものとなりました。数ヶ月に及ぶ、連日の稽古で、中江藤樹先生の考えを学び、気づいたことも沢山ありました。市民劇に応募するにあたって、中江藤樹先生の本は誰にも負けないぐらい読みましたが、中江藤樹先生の本当の気持ちは分かりませんでした。しかし、演劇の持つ力、演じることによる擬似体験に勝るものはなかったと思います。何故ならば、本では得ることができない、大切なものが演出家の先生と藤樹役の俳優さんたちの真剣さと本気さによって導きだされたからです。この市民劇を一番見てほしかった母親に感想を聞くと、私の演じる姿を見て、祖父の姿を思い出したという言葉に感動しました。その言葉を聞いた瞬間、私は自分自身の親の大切さを気づき、孝は繋がっていると感じました。昨年の滋賀大学産業共同センター年報NO7[36]の私の寄稿文章[37]などの宣伝効果などで市民劇自体は一ヶ月まえにすべて有料のチケットは完売し、多くの拍手と感動のお言葉を多くの方からいただき、大成功に終わりました。後日、この演劇はびわ湖放送[38]さんがノーカットで105分のテレビ放映をしていただきました。
最後のカーテンコールで再び幕は開きませんでしたが、胸をはって、誇らしく真正面を向いた私たちの姿がありました。その時に私たちが流した涙がすべての苦労、葛藤を、すべて洗い流しました。
400年前に生まれた中江藤樹先生の市民劇に参加し、多くの人々と出会い、演劇の持つ力で、多くのことを学び、私自身も前向きに生きられるようになりました。この市民劇に参加した、多くの人々がリーダーシップをとり、活動されていたことに感銘しました。多くの市民の、思いや時間という寄附によって、市民劇は大成功に終わりました。財政難に苦しむ地方自治体おける市民参加型の行政のヒントになると私は、体験しました。私が滋賀大学で学んだ滋賀大学建学の精神「士魂商才」。この精神を通じて、地域社会でリーダーシップをとり、地域社会に少しですが貢献できたと感じました。
5.おわりに
私は今年で滋賀大学産業共同研究センター相談員3年、滋賀大学産業共同研究センター客員研究員6年目を過ごしましています。さらに今年の4月からは、京都に毎日のように通い、四季移り変わる加茂川の風景を感じながら、学び、京都大学大学院で日々、新たな発見をしています。夢は努力をし、諦めなければ必ず叶うと強く信じ、日々、感謝をしながら、毎日、試行錯誤しながらチャレンジをしながら、前に、一歩一歩進んでいます。将来、中江藤樹先生が自宅で私塾、学校を創り、今なお、多くの人々に慕われているように、私も滋賀県高島市に住む人々が生き生きと学べる大学をこの地で創りたいと夢を大きく膨らましています。私も公共政策を学び、地域社会のリーダーシップをとることのできる人材になるべく、日々、努力したいです。
私が税理士、ITコーディネーター及び起業家として過ごして夢を膨らました10年間。滋賀大学で学んだ滋賀大学建学の精神「士魂商才」が中江藤樹先生同様、今もこの近江の地で、400年の時空を超えて滋賀県で脈々といきつづけています。そして、私も中江藤樹先生のように大きく羽ばたくチャンスにチャレンジしています。
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[1] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%96%E7%95%8C%E9%81%BA%E7%94%A3
[2] http://www.city.himeji.lg.jp/guide/castle/
[3] http://www.himeji-kanko.jp/contents/castle/subwin/jukkei05.html
[4] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AB%B8%E8%A1%8C%E7%84%A1%E5%B8%B8
[5] http://www.city.himeji.lg.jp/kouhou/kouhoushi/backnumber/200805/tokushu01.html
[6] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B1%8A%E8%87%A3%E7%A7%80%E5%90%89
[7] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%B5%E3%82%8B%E3%81%95%E3%81%A8%E7%B4%8D%E7%A8%8E
[8] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E5%B3%B6%E5%B8%82
[9] http://www.biwako.shiga-u.ac.jp/jrc/
[10] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BD%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%8D%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%BB%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%83%93%E3%82%B9
[11] http://sns.city.takashima.shiga.jp/
[12] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%82%A6%E3%83%97%E5%8B%A7%E5%91%8A
[13] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%95%E4%BC%8A%E7%9B%B4%E5%BC%BC
[14] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BD%A6%E6%A0%B9%E5%B8%82
[15] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%B2%E3%81%93%E3%81%AB%E3%82%83%E3%82%93
[16] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B9%94%E7%94%B0%E4%BF%A1%E9%95%B7
[17] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%B3%E5%B7%9D%E5%AE%B6%E5%BA%B7
[18] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%83%96%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%89%E3%82%AB%E3%83%BC
[19] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%BB%E6%B0%97%E8%87%AA%E5%8B%95%E8%BB%8A
[20] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%AC%E9%83%BD%E5%A4%A7%E5%AD%A6
[21] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%99%E3%83%AB%E8%B3%9E
[22] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9B%8A%E5%B7%9D%E6%95%8F%E8%8B%B1
[23] http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/profile/news_data/h/h1/news7/2008/081008_1.htm
[24] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%A9%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%82%AA%E3%83%90%E3%83%9E
[25] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E5%90%88%E8%A1%86%E5%9B%BD
[26] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%83%BBF%E3%83%BB%E3%82%B1%E3%83%8D%E3%83%87%E3%82%A3
[27] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%93%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%B3
[28] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%85%E6%9D%91%E9%91%91%E4%B8%89
[29] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%99%BD%E6%98%8E%E5%AD%A6
[30] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E6%B1%9F%E8%97%A4%E6%A8%B9
[31] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%B4%B2%E5%B8%82
[32] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BB%8B%E8%B3%80%E5%A4%A7%E5%AD%A6
[33] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A8%8E%E7%90%86%E5%A3%AB
[34] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%B4%E8%89%AF%E7%9F%A5
[35] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%A5%E8%A1%8C%E5%90%88%E4%B8%80
[36] http://www.biwako.shiga-u.ac.jp/jrc/annual-7.html
[37] http://www.biwako.shiga-u.ac.jp/jrc/annual-no7/no7-4-4b.pdf
[38] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%B3%E3%82%8F%E6%B9%96%E6%94%BE%E9%80%81
木村勝則 税理士 ITコーディネーター 事務所
滋賀大学産業共同研究センター 客員研究員
木村 勝則
1.はじめに
1609年(慶長14年)築城の世界遺産[1]で国宝の姫路城[2]が築城400年の節目を迎えます。今年も姫路城の三の丸広場[3]の桜は咲き乱れ、あたかも400年の長きにわたる栄枯盛衰を姫路城と桜の花びらが表現し語っているように思えます。私は美しい姫路城の三の丸の咲き乱れる桜を見ていると戦国の世と同じ「諸行無常」[4]を感じずにはいられません。その姫路城が今年、昭和39年の修復以来、45年ぶりの「平成の大修復」[5]に入ります。その財源の28億のうち、10億ほどを豊臣秀吉[6]が、姫路城の姫山に城を築城した逸話にちなんで現在の姫路城の修復の財源を目的に「ふるさと納税」[7]が今年4月から実施された。これに賛同する人々や、観光に来た外国人の方々から、もうすでに多くの寄附が集まっていると聞いています。私も世界一優雅な城、姫路城のために寄附をしたいです。
2.自発的寄附の必要性
(1)国、地方自治体の財政難
少子高齢化で成熟した経済大国のわが国、日本。国自身の負債、国債残高が右肩上がりに膨らみ財政難で苦しんでいます。市町村の財政も地方交付金も削減され、地方の財源確保が課題になっています。昨年、私が住む滋賀県高島市[8]は滋賀大学産業共同研究センター[9]と協定を結び、高島市のソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)[10]サイト「きてねっと」[11]において、高島市は滋賀大学の教授を高島市SNS会長に迎えた。私も高島市SNS副会長に選ばれ多くの高島市民といろんな議論が行われました。悪化する高島市の財政についても話が及びました。
(2)納税者主義の開花
このSNSの日記のサイトで私は高島市の財政確保の一環として「ふるさと納税」について、インターネットを通じて呼びかけました。さらに知り合いの税理士事務所に伺い高島市への「ふるさと納税」の必要性を説明しました。自発的な納税者の意思が反映され、シャウプ勧告[12]以来、日本人がはじめて、徴収される予定の国税と地方税の一部について、納税者が自発的に使途を決めることができる画期的な制度です。さらに寄附という納税方式を一部とるために、納税の時期を、納税者自身が決定することができる納税者の立場にたった制度であると説明しました。「ふるさと納税」は、利害関係の異なる国や県知事などの首長の会議の研究会によって、議論されたために、所得税では寄付金控除で処理され、住民税の一割を限度に、市町村などに支払う、手数料の5000円以外、最も有利な方法をとれば、実質負担なしに、寄附したい市町村などの財政を支援できる制度となりました。給与所得者についても、自分自身で寄附したい市町村などを調べ、書類で申請し、年度末までに寄附を振り込む必要性があります。さらに「ふるさと納税」を実現するためには、所得税の申告期限までに寄附した領収書を添付し、申告する必要があります。この煩雑さが、今年の「ふるさと納税」が、予想していたほど寄附が集まらなかったという意見もあります。年末調整で完結できる制度への要望も聞きますが、給与所得者であっても、確定申告において納税を強く意識できるいい機会では、ないでしょうか。私は「ふるさと納税」は、わが国における納税者の意思が反映される納税者主義の初めての開花であると感じています。さらに受け手の「ふるさと納税」を確保した市町村などは知恵の出し合い、更に姫路市のように使途についても、知恵を振り絞る。そこに、今まで公的な団体の多くが、希薄であった採算、コスト意識が感じられる。最近は、公会計の議論が盛んで、公的な自治体でも複式簿記で発生主義の会計システムを導入する傾向にあます。複式簿記導入には賛否はありますが、現代において100年に一度の不況下で、公的な団体の財政、予算管理の役割は増すばかりあます。このような変革期には、多くの人々を正しい方向に導く、公共政策、街創りを担えるリーダーシップをとれる人が必要になってきています。
3.リーダーシップ
滋賀県産業共同研究センターのある滋賀県彦根市には、わが国を開国に導いたリーダー、井伊直弼[13]がいます。二年前には滋賀県彦根市[14]で彦根城築城400年祭が行われ、「ひこにゃん」[15]というキャラクターで、彦根市内の商店街は特需のような賑わいを経験したと聞いています。乱世の世と現代社会において400年とう時間が、キワードとなり、もしかしたら時代の変遷の時間的な区切りに400年という時間軸に意味があるのかもしれないと思うのは私だけでしょうか。400年前のわが国は、まさに時代が動いていた戦国時代の世でありました。独創的な織田信長[16]、足軽から成り上がった天下人、豊臣秀吉、漁夫の利、徳川家康[17]というわが国、日本史を代表する歴史的なリーダーによって大きくわが国が変化、変わろうとしていた時代だったかもしれません。今、日本は100年に一度といわれる、世界的な大不況に直面し、苦境を呈しています。更に産業革命以来の工業化で、自然環境は破壊され今年、メキシコでは、新型インフルエンザが流行し、多くの死亡者をだし、混迷しています。これからの世界経済において「環境」という言葉がキワードになってきています。今のわが国、日本、いや全世界も大きな転換点を向えようとしていると感じています。わが国を代表する自動車産業も化石燃料に頼らない環境保全を重視したハイブリッドカー[18]や電気自動車[19]の開発に本格的に取り組み始め、大きな転換点を向えようとしています。私が毎日、通う京都大学[20]では、ノーベル賞[21]を受賞された益川敏英[22]京都大学名誉教授[23]の講演が多数行われています。また、京都大学のリーダーシップはIPS細胞などの研究においても世界に貢献しています。このように大学などが寄附を自主的に集め、研究する大学のあり方も大きく変わろうとしています。世界的には、今なお、世界のリーダーシップをとり続ける国、アメリカ合衆国があります。この経済不況のなか、アメリカの大統領になったバラク・フセイン・オバマ・ジュニア[24]のリーダーシップに今、世界中が注目をしています。わが国の400年前の戦国の世に、流れ星のように、現れて消えていった戦国武将のように、時代を動かす、リーダーシップをとる人材が今、求められているのかも知れません。時を同じくして、現在日本では、与党の内閣総理大臣が流れ星のごとく変わっています。日本に真のリーダーはいたのでしょうか。
4. 滋賀大学建学の精神「士魂商才」と中江藤樹
アメリカ合衆国[25]の大統領のジョン・フィッツジェラルド・ケネディ[26]やウィリアム・ジェファソン・クリントン[27]にも愛読された内村鑑三[28]の著書「代表的日本人」にも選ばれた日本の陽明学[29]の祖、中江藤樹[30]先生がいます。先生の生誕の地、滋賀県高島市で生誕400年を祝い、昨年、滋賀県高島市で400年祭が行われました。中江藤樹先生に関する数多くの行事が行われ、多くの市民が参加しました。わが国、日本のリーダーシップをとってきたのは誰かと言われれば、私は、日本で一番、最初に自宅を村人に開放し私塾、学校を創られた中江藤樹先生だと思います。愛媛県大洲[31]の武士を辞め、郷里の滋賀県高島市安曇川町の小川村に帰り酒の販売の商売を営みました。中江藤樹先生は郷里の人々を助け、子供でも大きな川が渡れるように、リーダーシップをとりみんなの手で安曇川に橋を架けました。滋賀大学[32]建学の精神「士魂商才」である相互扶助、社会奉仕的精神を持った近江商人、百貨店の高島屋に代表される高島商人でありました。このような武士の精神と商人の知恵を兼ね備えた中江藤樹先生の生き方を学びたく、高島市の中江藤樹生誕400年祭の市民劇に応募しました。
私は、昨年9月21日に、近江聖人として教科書にも載っている中江藤樹先生の生きざまを20数名の市民が演劇「藤の樹と風と-中江藤樹物語-」として演じました。中江藤樹生誕400年祭市民劇は生誕地である高島市安曇川町藤樹の里文化芸術会館で行われました。中江藤樹先生は、日本で最初の私塾を作り、その教えは今もなお地下水のごとく受け継がれ、私のような独立開業をして税理士[33]業務を営むものにとっても生かすべきところが多いと感じました。人は誰でも「良知」[34]という美しい心を持っているという「致良知」や、物事をよく理解し実行して初めて知ったことになるという「知行合一」[35]など、沢山の教えがあります。このような学校を作ることができたのは、先生の人柄、能力もさることながら、諸説はありますが、当時、豪農であった親の財産を相続したからこそ、できた偉業だという説もあります。
先生の本を数多く読みましたが、なぜ愛媛県の大洲藩を脱藩してまで武士を辞め、命がけで高島市安曇川町小川村に帰ってきたかが私は、分かりませんでした。そんな時、高島市のホームページで、中江藤樹生誕400年祭市民劇の市民出演者を募集していることを知りました。そこで、私は、早速、中江藤樹先生役で応募しました。「なぜ、命の危険まで冒して、高島に帰ってきたのか。」これが、私の思い、この理由を知りたくて、市民劇の参加を決意しました。
昨年の3月頃から台本を読み、配役は大洲の武士3役と小川村村民5役(商人)に決まりました。私の配役も「士魂商才」の精神、武士の精神と商人の知恵を兼ね備えた配役になりました。独立起業家の経験を生かし、演劇の練習に望みました。4月には記者会見まで行い、テレビ、新聞社などの取材も受けました。最初は、これほどまでに真剣になるとは、自分自身想像もしていませんでした。演出家の先生や高島市の職員スタッフの思いと真剣さが、皆を本気にさせたのだと思います。今から思えば、私にとってこの市民劇の稽古そのものが、中江藤樹先生の藤樹書院であり、人としてどう生きるかを教わることができたものとなりました。この市民劇の稽古中に何日も徹夜で語りあった日々は、まさに中江藤樹先生の私塾に優るとも劣らないものとなりました。数ヶ月に及ぶ、連日の稽古で、中江藤樹先生の考えを学び、気づいたことも沢山ありました。市民劇に応募するにあたって、中江藤樹先生の本は誰にも負けないぐらい読みましたが、中江藤樹先生の本当の気持ちは分かりませんでした。しかし、演劇の持つ力、演じることによる擬似体験に勝るものはなかったと思います。何故ならば、本では得ることができない、大切なものが演出家の先生と藤樹役の俳優さんたちの真剣さと本気さによって導きだされたからです。この市民劇を一番見てほしかった母親に感想を聞くと、私の演じる姿を見て、祖父の姿を思い出したという言葉に感動しました。その言葉を聞いた瞬間、私は自分自身の親の大切さを気づき、孝は繋がっていると感じました。昨年の滋賀大学産業共同センター年報NO7[36]の私の寄稿文章[37]などの宣伝効果などで市民劇自体は一ヶ月まえにすべて有料のチケットは完売し、多くの拍手と感動のお言葉を多くの方からいただき、大成功に終わりました。後日、この演劇はびわ湖放送[38]さんがノーカットで105分のテレビ放映をしていただきました。
最後のカーテンコールで再び幕は開きませんでしたが、胸をはって、誇らしく真正面を向いた私たちの姿がありました。その時に私たちが流した涙がすべての苦労、葛藤を、すべて洗い流しました。
400年前に生まれた中江藤樹先生の市民劇に参加し、多くの人々と出会い、演劇の持つ力で、多くのことを学び、私自身も前向きに生きられるようになりました。この市民劇に参加した、多くの人々がリーダーシップをとり、活動されていたことに感銘しました。多くの市民の、思いや時間という寄附によって、市民劇は大成功に終わりました。財政難に苦しむ地方自治体おける市民参加型の行政のヒントになると私は、体験しました。私が滋賀大学で学んだ滋賀大学建学の精神「士魂商才」。この精神を通じて、地域社会でリーダーシップをとり、地域社会に少しですが貢献できたと感じました。
5.おわりに
私は今年で滋賀大学産業共同研究センター相談員3年、滋賀大学産業共同研究センター客員研究員6年目を過ごしましています。さらに今年の4月からは、京都に毎日のように通い、四季移り変わる加茂川の風景を感じながら、学び、京都大学大学院で日々、新たな発見をしています。夢は努力をし、諦めなければ必ず叶うと強く信じ、日々、感謝をしながら、毎日、試行錯誤しながらチャレンジをしながら、前に、一歩一歩進んでいます。将来、中江藤樹先生が自宅で私塾、学校を創り、今なお、多くの人々に慕われているように、私も滋賀県高島市に住む人々が生き生きと学べる大学をこの地で創りたいと夢を大きく膨らましています。私も公共政策を学び、地域社会のリーダーシップをとることのできる人材になるべく、日々、努力したいです。
私が税理士、ITコーディネーター及び起業家として過ごして夢を膨らました10年間。滋賀大学で学んだ滋賀大学建学の精神「士魂商才」が中江藤樹先生同様、今もこの近江の地で、400年の時空を超えて滋賀県で脈々といきつづけています。そして、私も中江藤樹先生のように大きく羽ばたくチャンスにチャレンジしています。
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[1] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%96%E7%95%8C%E9%81%BA%E7%94%A3
[2] http://www.city.himeji.lg.jp/guide/castle/
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[4] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AB%B8%E8%A1%8C%E7%84%A1%E5%B8%B8
[5] http://www.city.himeji.lg.jp/kouhou/kouhoushi/backnumber/200805/tokushu01.html
[6] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B1%8A%E8%87%A3%E7%A7%80%E5%90%89
[7] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%B5%E3%82%8B%E3%81%95%E3%81%A8%E7%B4%8D%E7%A8%8E
[8] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E5%B3%B6%E5%B8%82
[9] http://www.biwako.shiga-u.ac.jp/jrc/
[10] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BD%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%8D%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%BB%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%83%93%E3%82%B9
[11] http://sns.city.takashima.shiga.jp/
[12] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%82%A6%E3%83%97%E5%8B%A7%E5%91%8A
[13] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%95%E4%BC%8A%E7%9B%B4%E5%BC%BC
[14] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BD%A6%E6%A0%B9%E5%B8%82
[15] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%B2%E3%81%93%E3%81%AB%E3%82%83%E3%82%93
[16] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B9%94%E7%94%B0%E4%BF%A1%E9%95%B7
[17] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%B3%E5%B7%9D%E5%AE%B6%E5%BA%B7
[18] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%83%96%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%89%E3%82%AB%E3%83%BC
[19] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%BB%E6%B0%97%E8%87%AA%E5%8B%95%E8%BB%8A
[20] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%AC%E9%83%BD%E5%A4%A7%E5%AD%A6
[21] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%99%E3%83%AB%E8%B3%9E
[22] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9B%8A%E5%B7%9D%E6%95%8F%E8%8B%B1
[23] http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/profile/news_data/h/h1/news7/2008/081008_1.htm
[24] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%A9%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%82%AA%E3%83%90%E3%83%9E
[25] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E5%90%88%E8%A1%86%E5%9B%BD
[26] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%83%BBF%E3%83%BB%E3%82%B1%E3%83%8D%E3%83%87%E3%82%A3
[27] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%93%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%B3
[28] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%85%E6%9D%91%E9%91%91%E4%B8%89
[29] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%99%BD%E6%98%8E%E5%AD%A6
[30] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E6%B1%9F%E8%97%A4%E6%A8%B9
[31] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%B4%B2%E5%B8%82
[32] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BB%8B%E8%B3%80%E5%A4%A7%E5%AD%A6
[33] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A8%8E%E7%90%86%E5%A3%AB
[34] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%B4%E8%89%AF%E7%9F%A5
[35] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%A5%E8%A1%8C%E5%90%88%E4%B8%80
[36] http://www.biwako.shiga-u.ac.jp/jrc/annual-7.html
[37] http://www.biwako.shiga-u.ac.jp/jrc/annual-no7/no7-4-4b.pdf
[38] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%B3%E3%82%8F%E6%B9%96%E6%94%BE%E9%80%81
Posted by katsunori at
19:33
学生諸君、恥ずかしがらずにマスクを必ず着用をお願いします。
滋賀県でも新型インフルエンザが発生しました。
手洗いと感染予防、人に感染させない為にも、
学生諸君には、本日から滋賀県内学校は休校だと思いますが、
必ず、外出時にはマスクをお願いします。
感染し重症化する人もいると思います。
緊急時なので必ず、今は、外出時にマスクをお願いします。
7月中旬には、ワクチンが出来ます。
この大変な出来事に負けずに、
明日の感染予防に繋げていきましょう。
滋賀県民
木村 勝則
感染予防のために都道府県をまとめる国に、
大阪府と滋賀県の間の京都府の大学、高校も休講にしてほしいと思うのは私だけでしょうか。
滋賀県でも新型インフルエンザが発生しました。
手洗いと感染予防、人に感染させない為にも、
学生諸君には、本日から滋賀県内学校は休校だと思いますが、
必ず、外出時にはマスクをお願いします。
感染し重症化する人もいると思います。
緊急時なので必ず、今は、外出時にマスクをお願いします。
7月中旬には、ワクチンが出来ます。
この大変な出来事に負けずに、
明日の感染予防に繋げていきましょう。
滋賀県民
木村 勝則
感染予防のために都道府県をまとめる国に、
大阪府と滋賀県の間の京都府の大学、高校も休講にしてほしいと思うのは私だけでしょうか。
Posted by katsunori at
23:38
こんな公務員がいたなんて「ばかもの」が、うねりを起こす、NHK 「プロフェッショナル 仕事の流儀」木村俊昭さん
左遷か、北海道の小樽から内閣府へ。いや、抜擢。
なるほど、
町おこしのプロの公務員がいたのか。
考えをまとめて、町おこしの参考にする。
「感動」誇りを蘇らせる、「アイデア」企画を練る。「戦略」
「情熱」ばかと言われようとも・・・・・やり続ける。本気、がむしゃらが人を動かす。「やる気」異端児
「小樽町おこし」「伝統職人、鋳物師、ガラス職人」海運業の発達で衰退。「実演販売→職人の街」小樽職人展 職人やる気開花、大成功。
「反射板で夜景で歴史的文化財をライトアップ」「地域再建」
「相談」いかに一緒にやるか。「問題解決能力」が求められている。 大前研一氏の大学に近い。
「会話能力」意識改革
ほ~~~~~
なるほど、
私の知っている公務員は、
一生懸命、夢を持ち、働いている。
テレビが報道している悪いことをする公務員は、私の知る限りは少ない。
公務員の人たちには、これからも明日の日本を支えてほしい。
今、NHK 「プロフェッショナル 仕事の流儀」を見ていて、
過去の放送、同じ姓の木村さん、
そう、
木村秋則さんの林檎の木の話を思い出した。
http://www.google.co.jp/search?sourceid=navclient&hl=ja&ie=UTF-8&rlz=1T4GWYH_jaJP310JP310&q=%e6%9c%a8%e6%9d%91%e7%a7%8b%e5%89%87%e3%80%80%e6%9e%97%e6%aa%8e%e3%81%ae%e6%9c%a8
木村秋則さんのNHK 「プロフェッショナル 仕事の流儀」もすごかったのを、
自営業の私は思い出す。
木村秋則さんの林檎の木、
ニュートンが林檎と地球と衝突すると感じて、
かの有名な引力を発見した。
ニュートン以上に林檎に青森の一、農家の木村秋則さんは林檎にこだわった。
彼の林檎の木に対する情熱は、驚き、
彼のすごさを感じずにはいられなかった。
私は、ニュートンより偉大だと思う。
左遷か、北海道の小樽から内閣府へ。いや、抜擢。
なるほど、
町おこしのプロの公務員がいたのか。
考えをまとめて、町おこしの参考にする。
「感動」誇りを蘇らせる、「アイデア」企画を練る。「戦略」
「情熱」ばかと言われようとも・・・・・やり続ける。本気、がむしゃらが人を動かす。「やる気」異端児
「小樽町おこし」「伝統職人、鋳物師、ガラス職人」海運業の発達で衰退。「実演販売→職人の街」小樽職人展 職人やる気開花、大成功。
「反射板で夜景で歴史的文化財をライトアップ」「地域再建」
「相談」いかに一緒にやるか。「問題解決能力」が求められている。 大前研一氏の大学に近い。
「会話能力」意識改革
ほ~~~~~
なるほど、
私の知っている公務員は、
一生懸命、夢を持ち、働いている。
テレビが報道している悪いことをする公務員は、私の知る限りは少ない。
公務員の人たちには、これからも明日の日本を支えてほしい。
今、NHK 「プロフェッショナル 仕事の流儀」を見ていて、
過去の放送、同じ姓の木村さん、
そう、
木村秋則さんの林檎の木の話を思い出した。
http://www.google.co.jp/search?sourceid=navclient&hl=ja&ie=UTF-8&rlz=1T4GWYH_jaJP310JP310&q=%e6%9c%a8%e6%9d%91%e7%a7%8b%e5%89%87%e3%80%80%e6%9e%97%e6%aa%8e%e3%81%ae%e6%9c%a8
木村秋則さんのNHK 「プロフェッショナル 仕事の流儀」もすごかったのを、
自営業の私は思い出す。
木村秋則さんの林檎の木、
ニュートンが林檎と地球と衝突すると感じて、
かの有名な引力を発見した。
ニュートン以上に林檎に青森の一、農家の木村秋則さんは林檎にこだわった。
彼の林檎の木に対する情熱は、驚き、
彼のすごさを感じずにはいられなかった。
私は、ニュートンより偉大だと思う。
Posted by katsunori at
22:51

